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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)9557号 判決

原告

野元譲世夫

被告

野口浩子

主文

一  被告は原告に対し、金二二八万〇二七六円及びこれに対する昭和五七年一月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一二分し、その一一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二六八五万五九五五円及びこれに対する昭和五七年一月一四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五六年二月二五日午後五時頃

(二) 場所 大阪府四条畷市中野本町一五番地二五先路上(以下「本件道路」という。)

(三) 加害車 普通乗用車(大阪五八や八九三一号、以下「被告車」という。)

右運転者 被告

(四) 被害者 原告

(五) 態様 本件道路を南から北に向かつて横断しようとした原告に東から西に向かつて走行してきた被告車が衝突し、原告に後記傷害を負わせたもの

2  責任原因

(一) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

(二) 一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告には、被告車を運転し、本件事故現場を走行するにあたり、前方を十分注視せず、赤信号を無視して進行した過失がある(なお、被告は、原告に衝突した後一旦は停車したが、救護義務を尽すことなく逃走した。)。

3  損害

(一) 受傷、治療経過等

(1) 受傷

右肘部打撲傷、右背筋痛、躯幹捻挫

(2) 治療経過

昭和五六年(訴状に昭和五五年とあるのは誤記と認める。)二月二五日から昭和五七年九月三〇日まで通院

(3) 後遺症

右背筋部痛、右上肢牽上困難の後遺症状(自賠法施行令別表障害等級七級に該当)が昭和五七年一一月三〇日に固定した。

(二) 治療費 一六五万〇四六八円

(昭和五六年二月二六日から昭和五八年八月一二日までの分)

(三) 逸失利益

(1) 休業損害

原告は事故当事休業中であつたが、昭和五六年(訴状に「昭和五五年」とあるのは誤記と認める。)三月からは警備会社に就職し、外国船通訳をするなどして少なくとも一か月三四万円の収入を得られたはずのところ本件事故により二二か月間休業を余儀なくされ、その間七四八万円の収入を失つた。

(2) 後遺障害に基づく逸失利益

原告は前記後遺障害のため、その労働能力を五六パーセント喪失したものであるところ、原告の就労可能年数は七年間と考えられるから、原告の後遺障害に基づく逸失利益を年別のホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、左記算式のとおり一三四二万〇九一五円となる。

(算式)

三四万×一二×五・八七四×〇・五六=一三四二万〇九一五円

(四) 慰藉料

通院分 一〇〇万円

後遺障害分 四〇〇万円

4  よつて、原告は被告に対し損害賠償金二六八五万五九五五円及びこれに対する本件不法行為の日の後である昭和五七年一月一四日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1の事故の発生は否認する。被告車両は原告と接触していない。

2  同2(一)の被告車所有の事実は認める。(二)は争う。

3  同3はいずれも否認する。

すなわち、原告は、昭和三四年五月右上葉切除、同年七月補正成形術、昭和三五年六月気管支瘻、昭和三六年四月筋肉充填術を行なつたため、右胸廓変形があり、また、持病として頸椎後縦靱帯骨化症を有し、更に昭和五四年九月二六日交通事故により右肘挫傷、腰部打撲、外傷性頸部症候群の傷害を負つたため、昭和五五年六月三〇日まで治療を受け、同年八月、左肩牽引扁、左僧帽筋委縮の後遺障害が固定しているのであるから、原告が本訴において主張する症状と被告の所為とは全く因果関係が存しない。

仮に、右因果関係が認められたとしても、前記のとおり原告の神経症状に対する要因が数多く存し、被告の所為の右症状に対する寄与度は極めて低い。この場合原告の後遺症状は昭和五六年八月末ころに固定したものである。

また、原告は就労意欲の全くない無職者であり、この点からも休業損害、逸失利益は認められない。

三  被告の主張

1  免責

本件事故は原告の一方的過失によつて発生したものであり、被告には何ら過失がなかつたから、被告には損害賠償責任がない。

すなわち、本件事故現場の一二メートル東方には信号機及び横断歩道の設置された交差点があるにもかかわらず、原告は、これを利用せずに本件道路の歩道と車道の間の安全柵の切れ目から左右の走行車両の有無も確認することなく、突如車道に飛び出してきたものである。

2  過失相殺

仮りに免責の主張が認められないとしても、本件事故の発生については原告にも前記1のとおりの過失があるから、損害賠償額の算定にあたり九割以上過失相殺されるべきである。

3  損害の填補

被告は原告に対し治療費として三万八八〇〇円を支払つた。

四  被告の主張に対する原告の答弁

1  被告の主張1及び2は争う。

2  被告の主張3は認める。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事故の発生

成立に争いのない甲第一号証、乙第四号証、原告本人尋問(第一回)及び被告本人尋問の結果によれば、請求原因1(一)ないし(四)の事実が認められる。(五)の事故の態様については後記二2で認定のとおりである。

二  責任原因(運行供用者責任)

1  被告が被告車を所有していたことは当事者間に争いがない。被告は、被告には過失がなかつたとして免責の主張をするが、2において認定のとおり本件事故発生につき被告に過失が認められるから、その余について判断するまでもなく、被告の右主張は採用できず、被告は自賠法三条により、原告が本件事故によつて蒙つた損害を賠償する責任がある。

2  事故態様

前掲甲第一号証及び乙第四号証、原告主張のとおりの写真であることに争いのない検甲第一号証の一ないし一〇、証人小松良夫の証言、原告(第一回)及び被告各本人尋問の結果(いずれも後記採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件道路は東西に伸びる歩車道の区別された車道幅員五・七メートルのアスフアルト舗装の平たんな市道で、本件事故現場から一二メートル東方に横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)があり、同所には押ボタン式信号機が設置されているが、右信号機は通常東西方向用が黄色の点滅、南北方向の横断歩行者用が赤色の表示で、本件横断歩道を横断しようとする者がボタンを押すと、東西方向用の信号は一旦青色になつた後赤色に変わり、その間横断歩行者が青色を表示し、その後再び東西方向が黄色の点滅、南北方向が赤色の表示となるようになつている。原告は、本件事故発生日の前から本件道路付近をよく通行していたが、本件横断歩道上を南から北に横断して、北西方向に伸びる川沿いにある道路を通行しようとすると、本件道路北側の車道と歩道間に鉄線網があつて右川沿いの道路に行きにくいとして、普段から本件横断歩道を利用せずに本件道路車道部分を横断していた。原告は、本件事故当日も犬を連れて散歩をしており、本件道路を横断しようとして、本件横断歩道の南側の信号機のボタンを押してから、西方約一二メートルの本件道路南側の車道と歩道間の安全柵がとぎれる地点まで歩き、まだ東西方向の信号が赤色に、南北方向の信号が青色を表示していないのに、右地点から本件道路車道部分を横断し始めた。被告は被告車を運転して時速約三〇キロメートルで本件道路を西進してきたが、本件道路南側の歩道端にいる原告を約一九メートル手前の地点に至つたとき認めたが、そのまま約一五・三メートル進行したところ、その約五・七メートル前方に右のとおり本件道路車道部分に原告が出てきたので、急制動の措置を構じるとともに右転把したが、被告車左側が原告の身体右側に軽く接触してしまい、原告はその衝撃により及び衝突を避けようとして身体を左側に捻つたが、転倒はしなかつた。

被告は、被告車を右転把して回避したから被告車両と原告とは接触もしていないと主張し、被告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分も存するが、前掲各証拠により認められる、被告は被告車両内にいたのに対し、歩行者である原告は一貫して被告車両が原告の右肘付近に衝突したと供述しており、本件事故直後原告を診療した医師小松良夫は、原告の右肘の部分に捻るような外力が加わつたものと考えていること、被告も本件事故後の司法警察員の実況見分時においては、被告車が原告と接触したと思う旨説明していることなどの事実と対比すると、被告本人尋問の結果中前記認定に反する部分は採用することができない。また、原告は、本件横断歩道の歩行者用信号が青色になるのを待つて横断し始めた原告に、赤信号を無視して走行してきた被告車が衝突したと主張し、原告本人尋問(第一回)の結果中にはこれに沿う部分もあるが、原告本人尋問の結果認められる本件事故後司法警察員の実況見分において、原告が本件事故時の行動の再現をくり返したところいずれも原告が本件道路を横断し始めたときにはまだ東西方向の信号は赤色に変わつていないという結果であつたこと及び被告本人尋問の結果に対比すると原告本人尋問の結果中前記認定に反する部分は採用できない。その他前記認定を左右する証拠はない。

前記認定の事実によれば、被告には歩道脇にいる原告を認めたのであるから、その動静を十分注視し、原告の行動に応じて衝突を回避しうるよう減速して走行すべき注意義務があるところ、これを怠り、原告の動静を十分注視せず、漫然時速三〇キロメートルのまま進行した過失があり、他方原告にも本件道路を横断するにあたり、横断歩道があり、同所に設置された信号機を自ら作動させながらその表示に従わずに、横断歩道の約一二メートル西方の車道上を横断しようとした過失があると認められる。

三  損害

1  受傷、治療経過

成立に争いのない甲第二、第三号証、第一〇号証、第一三号証の一ないし九、証人小松良夫の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により右肘部打撲傷、右背筋痛、躯幹捻挫の傷害を負い、昭和五六年二月二六日から小松病院に通院して治療を受け、昭和五七年一一月三〇日、右肩胛骨関節障害、肩胛関節外側及び右上腕圧痛の後遺症が固定したこと(その間の実通院日数は四二六日)が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、成立に争いのない乙第一、第二号証、第三号証の一ないし七、証人小松良夫の証言並びに原告本人尋問(第一回)の結果によれば、原告は、昭和三四年五月に結核の治療として右肺上葉を切除し、同年七月に肋骨補正成形術を行なつたが、昭和三五年六月に気管支瘻ができ、昭和三六年四月に右背中の僧幅筋を気管支に開いた穴に充填する手術をした結果、肺活量が低下し、右胸郭が変形し、右背部の筋肉が欠けてしまつた。さらに原告は、昭和五四年九月二六日、自動車に同乗中追突事故により外傷性頸部症候群、腰部打撲、右肘挫傷の傷害を負つたため通院し、主として左頸椎の痛みに対する治療を受け、後遺障害として左肩牽引痛が昭和五五年六月三〇日ころ症状固定した(自賠責保険において自賠法施行令別表障害等級一四級一〇号に該当すると認定された。)が、その後も治療を継続し、昭和五六年一月ころには右後遺症状も治癒に近い状態になつていた。なお、右治療にあたつた小松医師は、右後遺症状は前記胸部形成術、左僧帽筋縮少の影響と考えている。また、原告には、本件事故前に頸椎後縦靱帯骨化症が発現していた。そして原告は、昭和五六年二月二五日本件事故により前記のとおり、負傷したものであるが、小松良夫医師は、右のとおり原告は、手術により、胸廓が変形し、体質的に後縦靱帯骨化症があり、この部分に本件事故のような衝撃、捻転が加わると、一般人よりも多く影響を受け、症状も増幅されることになり、前記認定の本件事故に基づく後遺症状の発現には前記僧帽筋委縮、右胸郭変形及び頸椎後縦靱帯骨化症も影響を及ぼしていると考えていることが認められ、右認定を左右する証拠はない。

以上認定の本件事故の態様、程度、本件事故前後の原告の病歴、治療の程度及び症状等を考え合わせると、原告が本件事故後訴えている傷害及び後遺症状は、原告の前記結核手術による右背僧帽筋萎縮胸郭変形及び体質的な頸椎後縦靱帯骨化症の影響と本件事故による衝撃とが競合して発生したものというべきであり、原告の右傷害及び後遺症状発現に対する本件事故の寄与率は三分の二と認めるのが相当である。

2  治療費

前掲甲第一三号証の一ないし九によれば、原告は右1認定の期間中治療費として合計一三八万〇七四〇円を要したことが認められる。

原告主張の治療費のうち右認定を超える部分については後遺症状固定後の通院治療に関するものであつて、前記傷害及び後遺症状の程度等の事情に照らし、本件事故と相当因果関係はないものと認める。

3  休業損害

原告本人尋問(第二回)の結果により真正に成立したと認められる甲第一一号証及び原告本人尋問(第一、二回)の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、かつて警備保障会社に勤務していたことがあり、昭和五四年七月から九月ころは右会社の営業課長として平均二三万円の月給を得ていたが、前記のとおり昭和五四年九月二六日自動車に同乗中追突事故に会い、その後昭和五五年一月末日まで右会社を欠勤し、その後は三日に一度くらいの割合で出勤していたところ、同年一二月ころ右警備保障会社が倒産してしまい、その後本件事故発生時まで定職についていなかつたが、昭和五六年三月からは他の警備保障会社へ就職する予定であつたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

原告は、警備会社勤務及び副業としての通訳により少なくとも一か月当り三四万円の収入があつたと主張し、原告本人尋問(第一回)の結果中にはこれに沿う部分もあるが、所得額の甲告をしていたことも認められず、また、前記認定の本件事故前の原告の稼働状況に照らすと原告本人尋問(第一回)の結果中原告の右主張に沿う部分は採用しがたく、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。結局前記認定によれば、原告は、昭和五六年三月から警備保障会社に勤務するなどして同年齢の男子の平均賃金相当額程度の収入(昭和五六年度賃金センサス産業計、企業規模計、学歴計男子労働者六〇歳ないし六四歳の平均賃金は年収二八〇万七七〇〇円)を得られたものと推認される。

前記認定の原告の本件事故による受傷の程度、治療経過及び経験則によれば、原告は、本件事故により昭和五六年三月一日から後遺症状の固定した昭和五七年一一月三〇日まで休業したが、本件事故と相当因果関係のある休業損害としては、左記算式のとおり右期間中の逸失収入額の五〇パーセントに当たる二四五万六七三七円と認めるのが相当である。

(算式)

二八〇万七七〇〇×二一÷一二×〇・五=二四五万六七三七

4  後遺障害に基づく逸失利益

前記認定の原告の受傷及び後遺障害の部位、程度及び平均余命年数(厚生省大臣官房統計情報部編昭和五六年度簡易生命表によれば、本件事故時の原告の年齢である六一歳の者については一七・八六年)並びに経験則によれば、原告は、前記後遺障害のため、右症状固定後少なくとも七年間就労可能であると推認されるところ、その労働能力を一四パーセント喪失したものと認められるから、原告の後遺障害に基づく逸失利益を年別のホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、左記算式のとおり二三〇万九〇五八円となる。

(算式)

二八〇万七七〇〇×〇・一四×五・八七四三=二三〇万九〇五八

5  寄与率による算定

右治療費及び逸失利益の合計額六一四万六五三五円に前記本件事故の寄与率を乗ずると四〇九万七六九〇円となる。

6  慰藉料

本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過、後遺障害の内容程度、前記本件事故の寄与度その他諸般の事情を考え合わせると、原告の慰藉料額は一七〇万円とするのが相当であると認められる。

四  過失相殺

前記二2で認定の原、被告の過失の態様、歩行者対自動車間の事故であること等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の損害の六割を減ずるのが相当と認められる。

従つて、原告の前記損害額合計五七九万七六九〇円から六割を減じて損害額を算出すると二三一万九〇七六円となる。

五  損害の填補

被告の主張3の事実は、当事者間に争がない。

よつて、原告の前記損害額から右填補分三万八八〇〇円を差引くと、残損害額は二二八万〇二七六円となる。

六  結論

よつて、被告は原告に対し、二二八万〇二七六円及びこれに対する本件不法行為の日の後である昭和五七年一月一四日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 長谷川誠)

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